ページの先頭です

子(ね)の姫

[2015年9月16日]

子の姫

遠い鎌倉時代のある日、今の和田の浜辺に一隻の舟が打ち上げられました。村人たちが駆け寄ってみますと、たいそう驚きました。その舟には、一枝の黄色い花の花木(かぼく)を握りしめた美しい姫が倒れていたからです。村人たちは姫を村に連れて帰り、小さな庵(いおり)を用意して介抱し、黄色い花の枝は庵の庭に挿しました。
その姫は誰だったのかと言いますと、実は花園天皇の皇女・子の姫だったのです。その頃、都では天皇の位をめぐり、よく争いが起きましたので、花園天皇が子の姫を譲るため、舟で淡路島へ逃れさしたのですが、舟は激しい風と潮で太平洋に押し出され、幾日も東へ東へ流され安房の和田の浜辺へ打ち上げられたのです。
子の姫は村人たちと仲良しになり、文字や歌を教えましたので皆に慕われましたが、間もなく心労のためか病にかかり、息をひきとりました。やがて村人たちは、子の姫が舟で打ち上げられた浜の地を、子の姫の持っていた黄色い花の花木に因(ちな)み「木花(ぼっけ)」。自分たちの住む村を、子の姫の父・花園天皇に因み「花園」と呼ぶようになりました。