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枇杷落し哀話

[2015年9月16日]

親子

昔むかしの、ある初夏の日でした。娘をつれた老父が、岩井の小浦(こうら)の海に沿った崖道(がけみち)を通りかかりましたが、その親子はよほど疲れていたのか、危ない道なのに腰をおろして休んだのです。そこへ近づいた一人の農婦(のうふ)が声をかけました。「お前さんたちは、何所(どこ)からきたの。」すると娘が、「上総(かずさ)からきました。私と居るのは父ですが、眼が悪く体も弱っているのです。」と答えました。
それを聞いた農婦は、「これはいま採ってきた枇杷(びわ)だよ、二人で食べて元気になりな。」と言い、背負い籠(かご)から大きな枇杷を幾(いく)つか出して、娘の前掛(まえか)けの中へ入れると、心配そうに後ろを振り返りながら去っていきました。
思いがけない貰(もら)い物に、親子は大喜びで食べようとしますと、なんと、娘が手に持った枇杷が茎からもげ落ち、崖の方へ転がったのです。親子がその枇杷を追って手を伸ばしますと、不運にも海からの強風に、足をすくわれ、あっという間に崖を転げ落ちてしまったのです。翌朝、崖下の海面に哀れな親子の姿が見つかりましたが、娘の手には落とした枇杷がしっかり握られていました。