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式部の合わせ鏡

[2015年9月16日]

和泉式部

平群(へぐり)の不寝見川(ねずみかわ)近くの弥陀山(みだやま)に、鏡の形をした丸い石があり、その対といわれるもう一つの石が、細流(せせらぎ)をはさんだ向こう側の山にあります。
どちらも大きな樹木に囲まれ、苔(こけ)むしていますが、その両方の石には大昔から語られている「式部(しきぶ)の合わせ鏡」という伝説があるのです。
この伝説の起こりは、千年も前の平安時代中期にさかのぼりますが、安房国平群米澤村(よねざわむら)にあった、平群の郡司(ぐんじ)・藤原保昌(ふじわらのやすまさ)の屋敷に、妻であった歌人の和泉式部(いずみしきぶ)が訪ねてきた時のことです。式部は雪の道で難儀(なんぎ)し、休んだある農家で、侍女(じじょ)の差し出した鏡で薄化粧をしました。すると、あたりに麝香(じゃこう)の香りが漂(ただよ)い、里人たちは式部のあまりの美しさに、すっかり感心してしまいました。
それからしばらくしますと、保昌が郡司の役目を終えましたので、式部も京の都へ帰りましたが、里人たちは式部を慕い、二つの鏡石(かがみいし)を作ったのです。なお、この鏡石のことは「米澤村弥陀山の奥に石二個あり、口碑(こうひ)式部の合わせ鏡という。石は円形にして直径三尺、厚さ四寸、鏡形。」と安房郡誌(あわぐんし)にも記されています。