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大房岬(たいぶさみさき)の砲台

[2015年9月16日]

幕末砲台跡

江戸時代が、もう終わろうとしている頃の話です。外国の黒船が盛んに通商を求めて来航するようになりました。
鎖国を守っていた徳川幕府は、あわてて江戸防衛のため、各地に砲台を築きましたが、江戸湾(今の東京湾)に突き出た要害の地の大房岬に築いた砲台もその一つです。
備え付けた大砲は、上段に三門、中段に五門、下段に五門、合わせて十三門です。工事は江戸から来た二百人あまりの人夫によって進められましたが、なにしろ、クレーンやブルドーザーのない時代のことですから、すべて人力です。ふんどし一本で、つるはしや鍬(くわ)をふるい、もっこをかつぎ、しかも急を要する工事だったため、昼夜兼行の苦しい作業をさせられました。
大砲は多田良西浜の堂坂より、「エンマの子ー。オシャカの子ー」と言うかけ声で引き上げたそうです。
しかし、できあがった砲台から、弾丸を黒船めがけて発射したことはなかったのですが、海上の見張りは厳重でした。
※幕末砲台跡は、大房岬要塞群とともに、市指定文化財です。

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