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名剣士服部

[2015年9月16日]

富浦地区大久保の風景

徳川時代のむかし、一万石の酒井侯(勝山藩)に服部(はっとり)という剣術指南がおりました。
その服部は、剣術の腕前がたいそう優れ、房州では並ぶ者は無いと言われたせいか、いつも勇ましいことを言っていました。徳川時代が終わりに近づいた頃、勤皇(皇室の安泰、隆盛のために尽くす)、佐幕(江戸幕府を佐ける)と、房州の諸侯が意見を異にしたときは、自ら稲葉候(館山藩)の陣屋攻めを計画し、
「稲葉候陣屋の武士どもは、自分1人にお任せください。皆殺しにして見せます」
と、酒井候に言上(ごんじょう)したそうです。
やがて世が徳川から明治に移りますと、服部は自慢の剣を捨てて、平群(へぐり)の米沢村に住みましたが、おもしろい話を残しています。
ある日、大久保の茶畑で、大勢の人が騒いでいますから、服部が行ってみますと、熊ん蜂が巣を割られて大怒り、人びとを追っている最中だったのです。
それを見た服部は、手にした煙管(きせる)で飛んでいる熊ん蜂を一匹残らず打ち殺してしまいました。

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