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薬師の援軍

[2015年9月16日]

西福院

和田町柴(しば)の西福院に、薬師如来の御堂があります。最初は「堂窪」(どうくぼ)に建てられていたのですが、安置されている如来の尊像は行基菩薩(ぎょうきぼさつ)の作で、戦国大名里見氏が安房を治めていた頃、小田原から押し寄せた北条軍を、打ち破ったという勇ましい話を伝えています。
戦国時代の永禄(えいろく)初頭、小田原の北条氏直(うじなお)が、里見氏を滅ぼして安房を我が物にしようと、軍船数百艘をもって洲の崎沖から安房に侵入してきました。里見軍は重臣の正木筑前守(まさきちくぜんのかみ)が総指揮をとり防戦したのですが、入れ替わり立ち替わり押し寄せる多勢の北条軍と、疲れ果てた寡勢(かぜい)の里見軍では、勝敗は歴然となりました。筑前守はこの時、日頃信仰していた薬師如来に瞑目(めいもく)し、戦勝祈念をしますと、不思議にも、どこからともなく十二人の大将が六千人の夜叉軍(やしゃぐん)を率いて里見軍の加勢に現れ、忽(たちま)ち北条軍を撃退してしまったのです。お蔭で安房はことなきを得ました。
筑前守は加勢してくれた軍が、堂窪の薬師如来十二神将であることを知り、主君の里見義弘(よしひろ)公に言上し、立派な薬師堂を造営しました。