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旗掛(はたか)け松

[2015年9月16日]

旗掛け松

和田町黒岩の別所にある真言院の近くに、「旗掛け松」と呼ぶ松の古木がありました。
その松は根元の太さが、大人の手で三抱えもあった大木で、緑あざやかな松葉のたくさん付いた枝が、他に垂れ下がるように伸びていたため、たいそう風情があり、地元の人たちが大切にしてきましたが、残念なことに、悲しい時代だった大東亜戦争の時、伐採されてしまったのです。
今は、その切り株さえ残っていませんが、どうして「旗掛け松」と呼ばれていたのかと言いますと、治承4年(1180年)の昔、伊豆の石橋山の戦いに敗れて安房に逃れてきた、源頼朝が源氏の白旗を掲げたという伝説を持っていたからです。
源氏再興を夢見る頼朝は、神の助けを願い、安房各地の有名な社(やしろ)にお詣(まい)りしましたが、その時、下三原から黒岩に入った頼朝は、熊野神社にもお詣りしたのです。黒岩の熊野神社は、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)・伊邪那美命(いざなみのみこと)をお祀りした霊験あらたかな社ですから、丹精を込めて神助を願うと、別所に生えていた松に白旗を掲げ、源氏再興の決意を新たにしたのです。